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レシフェ空港から市内へ安く行く方法

6月14日にレシフェでW杯日本戦が開催される。
この機会に、レシフェに大勢の日本人が来ることが予想される。

そこで、ひょっとしたら誰かの役に立つかもしれないミニ情報をここに記したい。

ブラジルでは、空港発のタクシーは、キロ当たり単価が高めに設定されている。
レシフェの場合、到着ロビーを出て出口を出たところに泊まっている
赤い縞のタクシーは空港タクシーなので、設定単価は通常のタクシーより割高になる。

レシフェで少しでも旅費を安くあげたいと考える旅行者は、
到着ロビーに着いたら、そのまま外に出ないで、
一つ上の階に上がって外に出ることをお勧めする。

一つ上の階は、出発ロビーなので、市内から空港に到着する人が集まる場所である。
出発ロビーの外では、青い縞のタクシーが捕まえられるのだが、
このタクシーは空港タクシーではないので、空港タクシーよりも単価設定が低めである。

ボアビアージェンまでなら、15レアル(700円弱)、中心街までは25レアル(1,100円強)で行ける。


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レシフェのファベーラを歩いて見た。

レシフェの町にも超シンプルな路線の鉄道が
通っているのだが、普段良く利用するホテルや会社から
離れているので、今まで一度も乗ったことがなかった。

MBAの授業が5時に終わり、夜10時半の飛行機まで
時間があったので、ショッピング・レシフェで
映画でも観て過ごそうと思い、Derbyの停留所で
バスに乗り込んだ。

Boa viagemでバスかタクシーに乗り換えようと
思ったが、たまたま乗ったバスが鉄道駅で停まったので
不意に電車に乗ってみようと思い立った。
…というのも、「shopping」という駅が存在するのを
以前、見たことがあったためである。

改札口で切符を買おうとしたが、切符売り場がない。
警備員風の男性に切符売り場の所在を聞くと、
「通っていいよ。ノーチャージさ。」との回答である。
確かに、回転バーは切符を入れなくても回った。
記念すべき一回目から無賃乗車である。
政府の方針で、電車はタダということだろうか?

車体自体は新しく、特に問題もなくマングローブの中を走っていく。
まもなく、shopping駅に到着した。
出る時に「切符はどうしたのだ?」と問い詰められるのでは
ないかとドキドキしてたら、自動改札で回転バーが回らなかった。
ほら、恐れていた通りだ。
…と思ったら、その改札が壊れていただけで、
隣の改札から無事に出ることができた。

Shopping駅の切符売り場は普通に機能していたので、
政府の方針で運賃がタダになったのではなく、
乗車した駅の切符売り場がテキトーだっただけなのではないかと思う。

Shopping駅という名前から、勝手に
豊洲駅的なものをイメージしており、
駅に着いたら人波に乗って、自動的に
ららぽーとに到着だ!と想像していたのだが、
私の予想に反して、数人しか下車しなかった。


Shopping駅なのに、降りてもshoppingがある気配がない。
しかも、shoppingこちらです、とかいう親切な看板も立っていない。
駅周辺は、shoppingがあるというよりは、
ファベーラ(貧民窟)的な雰囲気である。
どうも、おかしい…


こんな場所でキョロキョロしていたら、
いいカモが来たと思われ、強盗団に襲われてしまうかもしれないので、
私は、胸を張って、さもさもこの辺の地理は知り尽くしているぞ!
質問のあるかたは挙手をお願いします、
という自信に満ちた顔をしてズンズン歩いたのであるが、
全然、shoppingらしいものが現れない。

ガソリンスタンドの男性に道を聞いたら、どうやら逆方向に歩いていたようだ。
キョロキョロするどころか、同じ道を行ったり来たりしている
不審者になってしまった。

来た道をもとに戻ると、さきほど、道端に座って暇そうににしていた民の
興味津々な視線が痛い。今度は、なるべく気配を消して駅の方に向かった。


途中でビールの缶を片手に持ったオッサンが、お前は日本人か?
と聞いてきたので、そうだと応えると、アリガト、オハヨウ
と言われ、日本人はいいコラサォン(心)を持っていると、
何だか知らないが持ち上げられてしまった。
今は、オハヨウじゃなくて、コンニチワだよと
教えてあげようかと思ったが、酔っぱらっているので
何を言っても意味ないかと思い、手を振って別れた。


教えられたとおりの方角へ歩いて行くと、
ファベーラ感が増して行き、ビニールシートの家が立ち並び、
洗濯物が干されたり、沢山の子供達が半裸で
タイヤで遊んだりしている通りになった。

果たして、この先に本当にshoppingがあるのだろうか。
かなり、不安である。わたしの豊洲はどこへ行ったのか。

掘っ建て小屋の前に四人ぐらいの浅黒い肌の若い女性が、
キャミソールにホットパンツ姿でお喋りをしている。
小屋の中からは14型くらいのテレビがバラエティー番組を放送している音が聞こえる。

「あの…、ここ通りぬけできるんでしょうか?」と恐る恐る聞くと、
「Shoppingへ行くのね。通れるわよ。
この先の橋を渡ってすぐよ」と聞いても居ないことまで親切に教えてくれた。
そして女性は、「ヴァー・コン・デウス(神様が共にありますように)」
と言って送ってくれた(サヨウナラという意味)。

その後、洗濯物がはためく庭のような所を抜けると
言われたとおり、橋のようなものが見えた。
橋のたもとには、ファベーラの子供三人が居て
こちらを物凄く興味深そうに見ている。
我は空気なりと念じつつ通り過ぎたが、

大分離れたところで、彼らの一人が後ろから、
「ありがトゥー!」と声を掛けてきた。
「ありがトゥー!じゃなくて、ありがとう、だろがバカヤロー」
と思ったが、中国人と間違えなかったから、まあ合格か…。

しょうがないから、大サービスして、振り向いてあげたら、
子供達は大喜びしていた。まったく、私もとんだお人良しである。

このような場合に、「シネース!(中国人)」とか言ってきたら
完全に無視することにしている。
別に、中国人に悪い感情は全然持っていないが、
アジア人だからといって、頭から中国人と決めつけてくるようなヤツは
ロクなヤツが居ないと思うからである。

また、語感的にも、「死ね!」と言われている気分である。

橋を渡って、しばらくいくと、今までの風景が嘘のように
美しいshoppingセンターがその姿を現した。

それにしても、駅のネーミングを変えるか、道を整備するとか
何とかしてほしいものである。

結論としては、shoppingに来るような人は、
皆、自家用車で来るのであり、電車で来るような人は
あまりいないのではないかということに至った。

サンパウロ空港(ガルーリョス)から市内へ、バスと地下鉄で最も安く行く方法

サンパウロからリベルダージ(東洋人街)まで
空港タクシーで行くと110へアイス(約4,800円)くらいするけど、
バスと地下鉄を併用すると、7,45へアイス(約320円)と
かなり安く上げることができる。

まず、空港の到着ロビーを出て、横断歩道(5m)を渡り、
中央分離帯の右側に止まっている257番のTatuape行きの
白いバスに乗る(4,45へアイス)。
30分ほどで、終点のTatuapeに到着する。
バス停の目の前の階段を上がれば直ぐ、Tatuapeの地下鉄駅だ。
そこから、地下鉄に乗れば、どの駅降りても3へアイスで行ける。
リベルダージまでなら20分くらいだ。

バスは空港で暫く停車して居て、時間になったら出発する。
列が出来ているので分かりやすい。
大きな荷物を持っていて座りたい人は、脇で列を作っていて、
次のバスを待っている。

なお、乗客はほぼ全員地下鉄を目指しているので、
最初に2回ほど停車した後はノンストップでTatuapeまで行ってくれる。
所要時間は渋滞が無ければ30分ほどでいける。

空港行きのバスは、同じくTatuapeの地下鉄を降りた場所から出発する。
Tatuapeが始発のため、バスは客待ちして待っているから分かりやすい。

OH!リンダ!

MBAのために金・土曜日にレシーフェに滞在する旅程を立てたが、
学校側の都合で、土曜日は授業がなくなってしまったので、
土曜日はオリンダを観光することにした。
オリンダは、昨年の9月にブラジルへ着任した際に機会があって
一度行ったことがあったので、今回は2回目。

オリンダというのは、「わぁ、美しい」と言う意味である。
丘の上から眺める景色は、確かに美しい。

ボア・ビアージェン地区から、901番のバスに揺られること30分で、
オリンダの旧市街に到着する。
土曜日の朝と言うこともあってか、町はものすごく静かだ。
まだ、新鮮な朝の空気と鳥の囀りが気持ち良い。

海外で働く会計士の日日
海外で働く会計士の日日



バス停からカルモ教会の方へ歩いていくと、ガイドの男が声を掛けてきた。
オリンダには、孤児院で育った人々の生活支援の為、公式ガイドの制度があるようで、
彼も、孤児院で育った口である。
今回は、オリンダの歴史なども知りたいと思っていたし、
一人で観光してもつまらんと思ったので、迷わず彼を雇うことにした。



オリンダは丘の多い町だ。
観光するだけで良い運動になる。
見どころは、集中しているので、半日もあれば大体の有名どころをおさえることができる。


9時頃に到着し、2時間弱でツアーは終了だ。
当初、ガイド料は40レアル(約1700円)と言っていたが、
ガイドの男は話の端々に、
「まあ、寄付と思って80レアルくらい出してもらっても構わんよ。」
といった伏線をチョイチョイととはさんできた。


ツアーも終わりに近づくと、
「今日は、そうですね、アレです。孤児院の祭りがあるんですよ、6時から。だからね、80レアルくらい出しても構わんよ。
もし、アレなら。」と勧めてくる彼。
ツアーが終わり、ガイド料を支払う段になった。
カネの話をせずに、ガイドに集中してくれていれば、もっと払ったかもしれないが、
ちょっとしつこかったのが、癪に障ったので、キリのいいところで、
70レアルを支払う(40レアルも少ないかと思ったし。)

すると、「ああ、70レアルね。うん、構わんよ」
と金を受け取って、ガイドは何処かへ消えて行った。

ブラジルのカーニバルには、3つの有名な町がある
リオ、サルバドール、そしてオリンダだ。


これは、カーニバルの時に使われる巨大人形。
海外で働く会計士の日日
右の人は右腕がないし、左の人は生首笑顔であり、意外と気持ち悪い。


こちらは変態仮面さん
海外で働く会計士の日日


背の高い人形もある。
海外で働く会計士の日日


そして、その中に入ってくれたのは、80レアルのガイドの男。シュール。
私よりも5歳も年下と聞いて、驚いた。
海外で働く会計士の日日


オリンダは観光で成り立っている町なので、
住人は外国人に慣れているし、親切だ。
インドネシアのバリ島なんかもそうだったけど、観光地では、芸術活動も盛んである。
オリンダには、彫刻や工芸品、絵画の類の芸術活動が盛んに行われており、
もちろん、お土産用に販売している。
こちらは、孤児院で育った女性から買った絵。20レアル(900円)
海外で働く会計士の日日


こちらは、カジャという木から作ったオリンダの家の彫刻。母へのお土産に一つ購入。
海外で働く会計士の日日



海外で働く会計士の日日
海外で働く会計士の日日
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海外で働く会計士の日日
海外で働く会計士の日日
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オリンダでは、アトリエとレストランを併設している店も沢山ある。
アトリエと併設されたレストランでは、現地で作られた芸術作品が飾られている。
こちらは、展望台前広場にある芸術レストラン。

海外で働く会計士の日日

高台に上ってオリンダを一望できる。
海外で働く会計士の日日
窓から、オリンダとレシーフェが一望でき、ステキだ。
海からの風も心地が良く、オススメ。
ピッカーニャ定食を食べて幸せな気分に浸ることができた。

町歩きに疲れてのどが渇いた時は、ココナッツ・ジュースがおいしい。
黄色いココナッツがあって、珍しかったので飲んでみると、
非常に甘くて美味であった。
ココナッツをチューチューしていると、
二人組のオジサンが、ギター片手に隣のカップルの前に寄って来て、歌い始めた。
彼等は、即興で歌を作って歌う。
隣のカップルはまだ、若くて未婚だったからか、歌詞はこんな感じだった。
「彼女は待っている~♪あなたが結婚を申し込む~のを~」
「彼氏は、迷っている~♪俺が幸せにできるのかと~」
「彼氏は、彼女の両親に会うべき~♪」
外見だけ見て、そんなこと歌っちゃうんだから、ずいぶん勝手だ。
それでも、カップルはくすくす笑って、小銭を支払っていた。

午後になると、観光客が大分増えて、朝の静かな雰囲気がウソのような賑やかさになった。
それは、それで良いけれど、空いている方が良いと思う人は、
なるべく午前中に行った方が良いだろう。

その後、雰囲気の良いカフェで雑誌を読んだり、公園のベンチで昼寝してから、
レシーフェに戻り、午後10時半のペトロリーナ行きの飛行機まで、時間をつぶした。

ペルナンブッコ州アラリピーナへの旅

3月29日(金)はキリスト受難日ということで、ブラジルは祝日であった。
カトリック信徒達はこの週をセマナ・サンタ(聖なる週)と呼び、肉食を控える。
セマナ・サンタには実家に帰ったり、旅行したりするブラジル人が多い。

この連休は、友人のサウロが帰省するのについて行くことにした。
サウロの故郷は、アラリピーナという人口8万人ぐらいの小さな町。
ペトロリーナを北上すること260km行った場所にある。
Gesso(ジェッソ)と呼ばれる石膏で有名な町で、家の壁材として利用される。
彼曰く、海外にも輸出しているようで、石膏の生産ではフランスに次ぐ2位であるようだ。

29日(金)の朝出発し、31日(日)の午後に帰ってくる2泊3日の旅。
ペトロリーナよりもさらに田舎ということで、2時間もいたら
帰りたくなってしまうのではないかと心配していたが、
予想を裏切り、人々の温かさに触れる素晴らしい連休となった。



1日目 さわやかな気候と緑の町アラリピーナ

半年前に買って、まだ1500kmしか走っていないシボレーの自家用車を北に向けて走らせる。
両サイドに何もない真っ直ぐの道を100km/hでひた走ること3時間強でアラリピーナに到着する。本当に何もない道が続いているので、誰かが勝手に住み着いても5年は気付かれないだろう、とサウロは言う。気を付けなければならないのは、野良犬、野良ロバが道に飛び出してくるということである。実際、2回ほど飛び出してきた。ロバなんかは車の方に突っ込んでくるから、しっかり距離を置かねばならない。

アラリピーナは標高680kmに位置する丘の多い町である。
年中暑いペトロリーナからくると、天国かと思ってしまうほど、そよ風が心地良い。
連休前に雨が降ったため、緑が多い。
この辺は、普段はペトロリーナのように枯れ木が多いものの、
雨が降ると、ワワワッと緑が繁茂するらしい。
緑が多く、さわやかなそよ風があるだけでも来た甲斐があったというものだ。

サウロの実家に荷物を置いて、彼の幼馴染のサンが住む家を訪問した。
サンの家はのどかな田舎道の奥まった場所にある別荘のような家で、
周りには低木が生い茂っている静かな佇まいである。

サンの家には既に10人くらいが集まっていた。
お祈りをしてから奥さんの手作り料理を頂く。

午後はギターを持ち出してきて、ウンブの木の下で讃美歌を歌った。
枝を大きく広げるウンブの葉が心地良い空間をつくる。


海外で働く会計士の日日

海外で働く会計士の日日


そのうちに、車が1台、2台と到着、さらにはミニバスのようなもので
乗り付ける人も居て、最終的に訪問者は50人くらいに膨れ上がった。
なぜ、そんなに多くの人がサンの家に集まったかと言うと、
彼女の家は最近竣工したばかりで、その日は落成式であったからである。

全員が集まったところで、またお祈りをしようと言うことになった。
男女別に分かれ、女性は頭にヴェールをかぶる。
そして、跪いてお祈りをする。

祈りは、Gloria Deus!(神に栄光あれ)、Bendito Senhor!(主の祝福を)、Aleluia!(ハレルヤ)の言葉から始まる。これにより、聖霊を呼び込むのだ。聖霊は信徒のうちの誰かの心に語りかける。信徒の一人が祈りの言葉を述べる。お祈りの後は、グループの中で、誰か神から語られた人が居なかったか、問いかけが行われる。

その日は、小柄で痩せた青年が手を挙げた。最初こそ、普通に話していたが、次第に顔つきや身振りがみるみると変わり、別人のようになった。彼は、非常に断固とした口調で、説教を始めた。その説教からは権威が感じられ、説得力があり、次第に彼がイエス・キリストのように見える不思議な感覚に陥った。なぜだか分からないけれど、熱い涙があふれてきた。彼は時折、異言を話した。ポルトガル語ではなく、インディオの言葉のようであった。話し終わると、彼は元の柔和な青年に戻った。

夜はRancharia(ハンシャリーア)というアラリピーナから20km離れた場所にある農家でのシュラスコ・パーティーに参加。満点の星に囲まれる中、野外で焼き肉を食べながらブラジル人との交流を深めることが出来た。サウロの家に戻ったのは12時近かった。長い一日だったので、ベッドに横になると、死んだようにぐっすり眠ってしまった。


2日目 ブラジルにおけるインドとブラッド・ピット

遅めに起床した2日目はサウロ宅でランチ・パーティーをやることになった。
食材を買うために車に乗って、スーパー・マーケットまで出かける。
アラリピーナの町はとにかく道が悪く、あちらこちらに穴ぼこだらけだ。
グラウベという青年が、この町は戦争があったんだよと冗談をいうくらい、
とにかく、道路状況が悪く、運転も大変だ。舗装されていない道も多く、
車はあっという間に泥だらけになってしまった。

スーパーのあるセントロへ行く道の両脇には商店街が立ち並び、
4人乗りのバイクや屋台が走る脇を野良犬がわんわん横切る。
この風景、妙に懐かしいなあと感じたけれど、ああ、あれはインドのヴァラナシだったなと思い至る。
スーパー・マーケットや通りを歩いていると、あちこちから
「あら、サウロじゃないの。帰って来てたの?」
「おい、アミーゴ、家に寄って話していけよ。」
と声を掛けられる。それくらい、小さな町なのだ。
こういうのって都会では味わえない、田舎の醍醐味である。

スーパー・マーケットで食材をゲットし、サウロの家に帰って、
彼と協力して料理を作る。
寿司と焼きそばを作ってくれたら、「泣いちゃう」と女の子に言われたので、
是非ともご馳走してあげたかったのであるが、日本人のいないこの田舎で
当然ながら食材が手に入るわけもなく、ラザニアのようなものを作った。
その日はサウロの幼馴染8人くらいが集まって、賑やかなランチとなった。
食後は、中庭に椅子を並べて、おしゃべりをする。
とにかく、ここの人々は、話をするのが好きだ。
日本人のように、長居は禁物と言う感覚はあまりなく、
話し疲れるまで、話し続ける。お蔭で、彼らとも大分仲良くなれた。

その日は、是非ともうちに泊まってくださいと、サンからせがまれたので、
サウロ、グラウベ青年と一緒に彼女の家に泊まることになった。
夜は、サンの家に滞在するメンバー全員でハンシャリーアにある小さな教会へ行った。
礼拝では、初日のパーティーで見かけた顔をちらほら発見した。
礼拝が終わると、珍しい日本人が居るということで、信徒が私の周りに寄ってきた。
質問攻めにあい、握手や写真をせがまれたりと、まるでスターである。
何とか、群衆を切り抜け、サン達の元に辿り着いた。
「まるでブラッド・ピットが来たみたいね」と彼女は言う。
ペトロリーナに来たときには、すごい田舎に来てしまったと思ったものだが、
それを超越する田舎っぷりである。

礼拝の後は、サンの家のベランダで夜まで話をした後、就寝する。
大自然の中にある素朴な小屋であり、蚊の襲来に悩まされながらも
幸せな気分で眠りについた。


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3日目 ブラジルにおけるバート・マンローとサンの預言

3日目の朝は少し早めに起きて、アラリピーナの特産であるGesso(ジェッソ:石膏)
の産地を見に行く。田舎の畔道を迷いながらもたどり着いたのは、大きな穴ぼこであった。
立ち入り禁止の標識を無視して中まで入ると、そこには物音の全くない
静けさが神秘的な空間が広がっていた。


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これが、Gesso(ジェッソ:石膏)
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サンの家に戻り、朝食を採ってから、日曜日の朝の礼拝に出席した。
ここでも、珍しがられて何人かの人に話しかけられた。
礼拝が終わった後はちょうどランチの時間であり、
ハンシャリーアにあるサウロのおばさんの家にお邪魔する。
おばさんが育てたという鶏の料理は非常においしく、食べ過ぎてしまった。
野菜も自家栽培しているということで、どの料理も本当においしかった。

食後にハンシャリーアの町を歩くと、3分としないうちに、
「サウロじゃないか、寄ってけ!」というおじさん声に呼び止められた。
このビールくさいオイサンには、とっておきがあるらしく、特別に見せてもらった。

とっておきというのは、小型飛行機のことで、
ガレージでシコシコと組み立てているというのだ。
「町の皆は飛ばないと笑うけど、絶対に飛ばせてみせる。」と熱を込めて語る。
オイサンは、飛行機が完成したときのために、サンパウロの飛行機学校に行って、
操縦の仕方を勉強したことについて、写真を交えながら強調する。
ほおっておいたら、一日中でも喋り続けかねない雰囲気だ。
まるで、バート・マンローのようなオイサンである。

中央がオイサン。後ろにはあるのが自慢の飛行機
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昼食後は、暫くサンの家でくつろいで、ギターを弾いたり、話をしたりする。
この3日間は退屈どころか、息もつけないような忙しい、充実した連休であった。
日々のストレスも忘れることができ、素朴な信仰を持つ幸せそうな人々に囲まれて、大切なことを学んだように思う。

別れの前に、サンの家族と6人くらいで最後のお祈りをした。
祈りの時間にサンが、私について神から預言をうけたという。
その預言とは次の様なものであった。
「目の前に大きな山が立ちはだかっている。その山にはいばらが生い茂っていて、登ることが困難だけれど、必ず、登りきることができる。」

最近、色々と悩んでいたこともあったので、
その預言には勇気づけられたし、希望を示された気がする。
3日間世話になった人々とは堅い抱擁をし、再会を約して、ペトロリーナへの帰路へ着いた。
まさに、セマナ・サンタにはぴったりの希望をもたらす連休となったのであった。

ハンシャリーアの小さなカテドラル
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プロフィール

shingo

Author:shingo
ブラジル、ペルナンブッコ州在住、
三十路男のブログです。

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