スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

MBAしょにち

「カレンダーは滅多なことがない限り、変えません。」

現在住んでいるペトロリーナから700キロ離れた場所にあるレシーフェ
のビジネススクールで勉強することを決めた時、
最大の懸念事項は、飛行機代であった。
2~3週間前に航空券を買えば、手数料込で往復13,000円くらいになる。
直前に買うと、17,000~20,000円くらい。

ビジネススクールに学費を納める前に、日程の変更頻度をしつこく確認した。
学校からは、「よほどのことがない限り日程を変えることはありません」
との返事をもらっていた。

初回の授業へ出席するための航空券は、3週間ほど前に購入した。

ところで、日程が近づいても学校から何の連絡もないので、念のため確認と思い、
入学時に世話になったNさんに連絡してみると、

「これが新しいスケジュールです。」
といって、年末までの5か月間のスケジュールを送ってきた。
それを見て、のけぞりそうになったのは何故かと言うと、
入学時にもらっていたスケジュールと全然違うからであった。

まず、初回から、金・土みっちり授業が入っていたはずが、
2時間程度の入学式のみとなり、
代わりに予定されていなかった次の週末に授業が入っていた。
最初にもらったスケジュールでは、10月に3週間授業がない週があったため、
日本への一時帰国を計画し、飛行機も手配済みであったのだが、
その週にもみっちり授業が入れられていた。

日本だったら、そりゃないヤロと迫ってもいいところだが、
ブラジルに住んで1年が経過し、そのような不条理に何度も遭遇してきたし、
迫っても意味がないことは、骨身にしみてわかっていたから、
「アアソウカ」と思っただけであった。


一年中熱いブラジルのド田舎にしばらく住んでいると、
「向上心」が少しずつ奪われていくのを感じる。
それは、地球温暖化の影響で南極の氷が解けていくように、
徐々に、しかし、確実に失われていく。
ブラジルに来て間もない頃と、約1年経過した現在を比較すると、
ビューロクラシアに対する「忍耐力」と「ポルトガル語力」は高まったけど、
他の能力面では、1年前と変化していないか、
むしろ、逓減しているような危機感を感じる。

私がビジネススクールに通おうと決めたのは、MBAを取りたいとか、
MBAを学びたいという純粋な欲求よりも、このような危機感を払拭する手段として
選んだ選択肢であった。たまには都会の雰囲気にも触れたいし…。

―――――――――――――――――――――――――――――
金曜日はレシーフェの事務所で働いてから、5時半に会社を出る。
学校までは、道がすいていれば30分くらいで到着する。
授業は7時からだし、余裕で到着するかと思いきや、
タクシーがナカナカ見つからない。
15分くらいさまよって、ヨウヤク見つけた。

「ボア・ビアージェンまで宜しく!」と運転手に告げると、
「今日はボア・ビアージェン周辺でストがあり、6時から道が閉鎖される」という。
ナ、ナヌーーッ??

ただでさえ、その時間は帰宅ラッシュで渋滞しているのに、
道が閉鎖されたりしたら7時までに学校にたどり着けないかもしれない。

そこで、タクシーには、ボア・ビアージェン地区とは雰囲気が違いすぎる
スラム街の小道を縫うようにして遠回りをしながら学校を目指してもらった。

運転手の本業は画家で、副業でタクシー運転手をしているという40代の
モレーノ(浅黒い肌のブラジル人)であった。
渋滞で車はナカナカ進まないものの、
運転手が話好きであったので、退屈しなかった。

彼女は居るのか訊かれ、「いない」と答えると、
「ブラジルに1年も住んで、そりゃいかん」と言い、
おもむろに携帯電話を取り出し、中に入っているビデオを見せてきた。
それは、何のことはない、モレーナ(浅黒い肌をした金髪女)が
風呂場でニコニコしながら股間を洗っている動画だった。
彼が、なぜそのような動画をオモムロにホイッと出してきたのか全く理解できなかったが、
まあ、彼なりの好意であったのだろう。


6時50分にギリギリ学校に到着。
時間も料金も2倍強になったが、何とか間に合って「ホッ」と一息。
―――――――――――――――――――――――――――――

教室内には、予想以上の生徒が居て、その数100人程度は居たと思う。
後でわかったことだが、それは、私の勉強する経営管理コースの生徒だけでなく、
経営管理、ファイナンス、リーダーシップ、人材管理、プロジェクト管理の
すべてのコースの生徒が一堂に会していたのであった。

大方の生徒が集合して、教授陣も到着し、今にも始まるかという雰囲気になってきた所、
突然、電気が消え、部屋が暗闇に包まれた。
その地区一帯が停電になってしまったのだ。

コーディネーターが、
「大丈夫です、こういう場合に備えて発電機がありますから。」
と説明し、生徒を落ち着かせる。
しかし、いつまで経っても明かりはつかない。
停電ということは、冷房も切れているので、次第に室内は蒸し暑くなってくる。

しばらくすると、再びコーディネーターがやって来て、こう告げた。
「どうやら、停電の影響で、発電機が壊れてしまったようです。」
会場にはドッと笑いが巻き起こった。
まあ、笑うしかないヨネ…。

結局、30分くらい暗闇の中でいたわけだけど、どうも電気が回復しそうにないので、
暗闇の中、懐中電灯を片手にプレゼンを始めることになった。
一寸、異様な雰囲気である。

そのうちに、電気も戻ったので、プロジェクターを使用したプレゼンが始まった。
内容としては、如何に学校が優れているかというのを色々な切り口から
説明する学校紹介と、教授陣の紹介であった。
プレゼン自体は、洗練されていて、ナカナカ良かった。

その日は学校説明のみで、1時間半ほどで終わってしまった。
本格的に授業が始まるのは翌週からである。
初回の内容は、わざわざ、飛行機に乗ってレシーフェに来てまで
聞くような内容ではなかったが、今後の展開に期待したい。
スポンサーサイト

ブラジルでMBAを取得する件 その2

前回、ブラジルにおけるMBAコースへの入学について書いたけど、今日はそのつづき。
FGVのMBAコースはサルバドール、レシーフェ共に残念な結果に終わってしまった。
実は、FGVと並行してもう1件、レシーフェのビジネス・スクールへ
問い合わせをしていた。

それは、CEDEPE(セデッピ)という学校で、ホームページによると23年前に設立された、
ノルデステ初のビジネス・スクールとのことである。
とりあえず、資料請求をしてみると、担当のNさんという女性から直ぐにメールで
返事が来た。疑問に思っていたことを質問すると、直ぐに返事が返ってくる。
返事も的を射ており、至極丁寧である。第一印象はかなり良い。

今までは、とりあえず、FGVブランドだけで探していたが、
前回書いた通り、いずれも窓口の対応がずさんであった。

それに引き替え、CEDEPEの対応の素晴らしさはどうであろう。
やっぱ、窓口にいい加減な人間を採用しちゃだめだと実感した。
FGVの場合なんかは、窓口がいい加減でも、ブランド名で生徒が集まるだろうけどね。


とにかく、レシーフェ在住の同僚に聞いても、レシーフェでビジネス・スクールに行くなら、
FGVかCEDEPEが良いだろうと聞いていたので、CEDEPEで進めてみることにした。

申し込んだコースの概要は以下の通り。
【概要】
Gestão Empresarial(MBA企業経営コース)
授業時間: 560時間
授業日程: 金曜日19h-22h 、土曜日09h- 18h – 隔週
開講日: 2013年8月
期間: 約18ヵ月

各種必要書類は、FGVの申込検討時に用意していたもので十分であった。
入学のためには、書類の提出の他、面接が必要となるようだ。
1週間後に面接の予定を入れてもらい、
レシーフェ行きの飛行機の手配、ホテルの予約を済ませた。

ここまでは、スムーズに進んでいたが、前回も書いた通り、
ブラジルでは何かトラブルが起こらない方が稀であり、今回も例外ではなかった。

レシーフェには仕事を絡めて3日間滞在する日程を組んだ。
面接は2日目に予定している。
レシーフェ滞在1日目、担当のNさんから、
「ところで、お宅はブラジルの大学を卒業したんでしょうか?」と尋ねられた。


「いえ、日本の大学です。」

Nさんによると、外国の大学卒業者の場合には、ブラジルでの卒業証書の認証が
必要ですとの説明がなされた。

「認証」ってなんだ?

ペルナンブッコ州ではレシーフェにあるUFPE(ペルナンブッコ州立大学)で認証してくれるらしい。
「うわぁっ、また面倒な手続きが必要なんだな。」と思ったが、
「要はUFPEに行って、手続きしてくればいいのね」とその時は軽く考えていた。
しかし、UFPEの担当部署に詳細を確認してみると、事は思っていた以上に大変だった。

まず、卒業証書の認定は、年に1回しかやらないらしく、
丁度2週間前に締め切ってしまったというのだ。
それだけでも、うんざりさせるに足りる情報であったが、
それに加えて、必要書類として、CELPE-BRASの成績書が必要とされていた。
CELPE-BRASとは、外国人のポルトガル語能力試験であり、
いわばTOEFLのブラジル版である。
CELPE-BRASの試験申込は1月に終わってしまったらしく、
こちらもコース開始の8月には間に合いそうにない。

つまり、この理不尽ともいえる「卒業証書認定」が入学必須要件であるとすれば、
8月入学はまず不可能ということになる。
それに加えて、認定料は700レアル(約35,000円)とベラボウ極まりない。
(これに加えて、CELPE-BRASの受験料も掛かるだろう)。

「そんなブラジル的なビューロクラシアに付き合ってられっか!!」と半ば
投げやりな気分で、CEDEPEの担当者のNさんに上記の事情を説明し、
「何とかならんかね?」と聞いてみた。
Nさんは真摯に対応してくれ、なんとか上司に掛け合ってみるとの
前向きなコメントをくれた。

そうこうしている間に、時は過ぎ、面接の時間になってしまった。
ブラジル経験の長い日本人の上司から、面接のコツを教えてもらった。
ブラジルではとにかく主張すること、日本人的に言えば鼻につく自慢話のように
なってしまったとしても、自分の今までの経験等をとにかくまくし立てて、
面接官の印象に残ることが重要であるとのこと。
卒業証明書の認定問題も、面接官に「面白いジャポネスがやってきたな」と
思わせれば、何の問題もなく通るでしょうというアドバイスを頂いた。

CEDEPEはレシーフェのボア・ビアージェンという海岸沿いの
高級住宅のあるエリアにある。グーグル・マップで住所を調べてみると、
なぜか、スーパー・マーケットのエストラが出てくる。

それもそのはず、同僚に聞くと、この学校はまさに、その「スーパー・マーケット」
の中にあるらしいのだ。
スーパー・マーケットの中にあるビジネス・スクールなんて聞いたこともないぞ。

半信半疑でエストラへ足を運んでみたが、
どう見てもスーパーマーケットである。
学びに来るのではなく、買い物に来る人しか見当たらない。
学生ではなく、肉とか野菜の入った袋をぶら下げた人が居るだけだ。


同僚に教えられたとおり、
レジが沢山並び、買い物客で賑わう場所を左手に見ながら直進すると、
クリーニング屋の奥に、ひっそりとたたずむCEDEPEの看板を確かに発見した。
その区画は、まさにスーパー・マーケットの隅っこという雰囲気で、すこし小汚い。

スーパーのレジとクリーニング屋の隣にある
ビジネス・スクールとはなかなかオツである。
日本で言ったら、「かっ○寿司」とか「すがき○うどん」的な位置関係である。

とはいえ、「すが○やうどん」のドアを潜ると、中は狭いながらも必要な設備が
備えられており、ビジネス・スクールの体裁は整っていた。

受付にいたブロンド女性がやけに美人で、ドキドキしながら、
担当者Nさんへの取り次ぎをお願いすると、
「Sou eu(私です。)」との返事。

自分の中で勝手にイメージしていたNさんは、少し小太りで黒髪の
40代くらいの女性だったのだが、
実際のNさんは、20代半ばくらいで、スラッとしたまばゆいばかりの
美しい女性であった。おそらく、南から来たんだろう。
ポルトガルのアクセントも東北弁ではない。
直接話した感じも、物腰柔らかく、ステキである。


1時間ほどで手続きを済ませたあと、
50歳半ばくらいのミドルグレーのブラジル人教授R氏の面接を受けることになった。
ビジネス・スクールの教授だけあって、話にウィットが富んでおり、
こういう教授が居る学校なら期待ができそうである。

R氏は普段、身の回りにはまずいないタイプの知識人であり、
まさに、こういう人から刺激を得ることがMBAで学ぶ大きな目的であったので、
目的を少し達成。

さて、懸案となっていた日本の卒業証明書の認定の件だが、R教授の説明によると、
当該認定は、MBAの資格を授与するために政府が要請しているものであり、
必ず必要であるとのことである。
すなわち、学校としては、そんな認定はなくてもいいけど、
政府から求められているので、提出してもらわなにゃ困るということである。
なーんだ、政府のピンハネ・ボッタクリ商売だったのか…。

当初は、開講日の8月までに提出するように言われていたが、
期限を大幅に延長してくれて、卒業までに提出してくれりゃ構わんよという話になった。
せっかく、面接官を圧倒し、演説をぶって屁のような卒業証明書認定を
不要とさせる約束を取り付けようと思っていたが、出鼻をくじかれてしまった。

とりあえず、面接で聞かれた事項は以下の通り。
①プロとしての実務経験、②成功体験、③苦難体験、④自己の能力など。
つたないポルトガル語で説明したが、R教授も英語、仏語、西語を話す為か、
理解力が高く、和やかな雰囲気の面接であった。

R教授の説明によると、CEDEPEには実業界で活躍する20名程度の教授陣が
在籍しており、教授法は米国のMBAの手法を採用しているとのこと。
すなわち、理論で学んだことを実際の実務に応用する力を徹底的に鍛えるということである。
クラスでは、毎回テーマが与えられ、これに関して2~3人の小グループで議論し、
発表するという形式をとる。
なお、外国人はいないらしく、ブラジル人に囲まれて学ぶことになりそうである。

面接が終わり、R教授から「seja bem vindo!(ようこそ)」と言われ、堅い握手を交わした。
面接っていっても、選抜するための面接ではなく、あくまでも、MBAコースへの適性を
見るだけで、アメリカのMBAのように、しのぎを削って入学権利を獲得するという
感じではないようだ。
面接後、教室、図書室、休憩室などを一通り見学させてもらい、
1階にあった床屋で髪を切って宿に戻った。

今回は、わりにトントン拍子に進んだけど、実は話はここで
終わりではなく、その後も一寸ごたごたがあったのだが、
これについては、また日を改めて書きたい。(つづく)

ブラジルでMBAを取得する件 その1

田舎で仕事をする場合に、どのような問題があるか。
一般的に考えられるのは、週末に行く場所がない、買い物が不便などである。
しかし、それらの問題は慣れてしまえば何とかなるものである。
そんなことより、最も重要なことは、田舎には知的刺激が少ないということである。
私の勤務するペトロリーナは、ペルナンブッコ州の奥地にある乾燥地帯の田舎であり、
比較的のんびりした人が多い。今までの社会人生活を東京で過ごして来たが、
求めなくとも優秀な人が周りに居て、自分も頑張らねばという刺激を受ける
素晴らしい環境にあったことに今更ながら感謝する。
東京と比べるのはナンセンスだけれど、ここでは、そういう刺激は皆無に等しい。
到着して早々は、その差に絶望し、貴重な30代前半をあたら無駄にする選択を
してしまったかと悩んだものであるが、月日が経過すると、
いつのまにかその環境に染まってしまい、
わりに気にならなくなっている自分を発見して、また、絶望したものである。
ここで腐ってしまわないため、あらゆる手段を考え、
自分に鞭打って勉強していかねばならないのだ。

一つの手段として考えたのが、当地でのMBAコースへの参加である。
MBAコースに参加すれば、勉強せざるを得ない環境に自分を追い込むことができるし、
わりに向上心のあるであろうブラジル人とも付き合うことができると考えたのだ。
とはいえ、近くにはそのような環境がなく、州都のレシーフェか、
バイーア州の州都サルバドールへ行かねばならない。
どちらも飛行機で1時間、往復2万円くらいの場所に位置している。
最初にこの案を思いついたときは、「飛行機で通学」というのは
相当現実離れしているなと思ったので、その時点で直ぐに諦めてしまった。

その間も、自分の現在置かれた環境に懊悩し、あがいた時期が続いた。
特に、サンパウロに出張で行ったときには、これが同じ国かと思うくらい文明に隔世の間を感じ、
そこに暮らすブラジル人も洗練されているように感じ、大変な刺激を受けた。
環境の違いに、出張から帰った後の一週間は軽い鬱に悩まされたものである。

とはいえ、しばらくすると、また田舎のノンビリした雰囲気に染まってきて、
「ハッ、このままではイカン」とふと気づくのを繰り返すのであった。
この時期は感情の浮き沈みが激しかったように思う。
今では、田舎で歯を噛みしめながら精一杯やったことは必ず報われるだろうと、
長期的なスパンで考えられるようになった。

閑話休題。回り道をしたが、やはり、この閉塞感を打開するには
学術機関で勉強するのが良いのではないかという考えに回帰し、
MBAについて真剣に考えることにした。まずは、いくつかの学校から資料をメールで取り寄せた。遠方に住む者にとって都合が良いことに、ブラジルのMBAは、
隔週で金曜日の夜、土曜日丸一日に集中的に勉強するコースがあることが分かった。
これなら、月に2回、サルバドールかレシーフェに行けば良いので、
1ヵ月の交通費を4万円くらいに抑えて、MBAを学ぶことができる。

まずは、当地から最も近いサルバドールの学校を検討した。サルバドールなら、
語学学校に通っていた時の知り合いも大勢いるので、
空いている時間は彼らと会うこともできる。
ブラジルには、FGVという全国的にネットワークを有する教育機関があるのだが、
何人かのブラジル人にヒアリングしたところ、
わりに信頼のできる機関という評価を得たので、サルバドールのFGVへの申し込みを検討した。
各種資料請求をしたところ、担当者のEさんから直ぐに返事が返ってきた。
Eさんは、メールでの質問に直ぐに返事をくれたので、最初の印象は良かった。
ちょっと、メールがあっさりとしすぎている感はあるが、最初のうちは特に気にならなかった。
選択肢もあまりないので、まあ、ここで良いかなと、とりあえず申込書と英文卒業証明書、
身分証明書などをメールで送った。

ブラジル、特にノルデステに住んだことがある人であれば分かっていただけると思うが、
ノルデステの辞書には「順調」という単語はなく、
ここでは「順調」に進むことはそれだけで奇跡と言っても過言ではない。

そう、必ず一つは障害が発生するのだ。
今回も御多分に洩れず、問題が発生した。
入学に当たって、卒業証明書が必要なので、日本の大学に英文証明書と
学歴証明書を依頼したのだが、これらの証明書について、ポルトガル語への翻訳が必要だ
と言ってきたのだ。

仮にもFGVを冠するビジネス・スクールがなぜ英文の卒業証明を受理できないのかと
納得行かなかったが、ごねてもしょうがないので、サンパウロの認定翻訳企業に
200レアルほど払い、公証翻訳をしてもらい、FGVに提出した。
内心、こんな中学校レベルの英文卒業証明書を翻訳しろと言って来るFGVに呆れたが、
決まりは決まり。お上の決めたことはどうあがいても変えられないのです。
まあ、ビューロクラシーはブラジルの代名詞と言われているから仕方がなかろう。

ポルトガル語の卒業証明書を提出して、しばらくした後、
担当のEさんから連絡があり、驚愕の事実を突き付けられた。
Eさんは、いつものあっさりした調子で、「この卒業証明書はDiplomaとして認められません」
と言ってきたのだ。「ナヌーッ!???」

心の底から「何をいやがる、コノヤロー」という怒りがメラメラ湧きつつも、
心頭滅却し、「それはどういうことでござんしょ?」と丁寧に応対した。
Eさんの返信によると、この卒業証明書には、「Certificate」と書いてあり、
「Diploma」と書いていないので、これはDiplomaではありませんと言い張るのだ。
それも、いつもの通り、至極あっさりとした調子で事実を淡々と述べる。

書いてある内容を読めば所謂「Diploma」であることは明瞭なのだが、
Eさんは相当頭が固いのか、「受理できない」の一点張りだ。
「Certificate」が問題ならば、最初に英文卒業証明書を提出したときに、
その旨言ってもらえればその時点で諦めたのだが、失った時間と金は戻ってこない。

既にちゃぶ台をひっくりかえす寸前まで怒りのマグマはこみあげていたのだが、
Eさんに怒りをぶつけても事態は何も変化しないことは火を見るよりも明らかであったので、
そこはグッと怒りを飲み込んだのであった。結局、私のポルトガル語の卒業証明書は
Diplomaとして認められないため、入学を断念せざるを得なかった。

サルバドールの学校とのごたごたがあって、意気消沈した私はMBAを一先ず断念した。
というより、Diploma問題でやる気を大幅に削がれてしまったのだ。
それから1ヵ月くらい経過して、傷も癒えた頃、せっかく勉強しようと決めたのだから
諦めずに別の学校でMBAにチャレンジしてみようという気持ちがムラムラと湧き起ってきた。
調べてみると、レシーフェにもFGVがあることが分かった。

こちらは、月に1回、金~日曜日に集中して勉強するコースであり、
交通費をさらに節約することができる。
遠方に住む自分にとっては至極ありがたい。
早速、インターネットで資料請求するものの、待てど暮らせど一向に返事が来ない。
何かの手違いがあって、資料請求がうまく行っていなかったかと思い、もう一度、
資料請求をしてみた。

数日後、会社に電話が掛かってきて、電話を取った人によると、
どこかの学校からかかってきているという。

「おー、やっと連絡が来たか。」と思って、
電話に出ると、受話器の向こうからはサルバドールのFGVですが…と言ってきた。
しばらく、事情が飲みこめなかった。

「はて…、資料請求をしたのはレシーフェのFGVだったはずだがな…」と思いつつ、
話を聞いてみると、受話器の向こうに居たのはサルバドールFGVのEさんであったのだ。
Eさんの説明によると、前回私が申し込んでいたMBAコースは人が集まらなかったため、
開講日が1ヵ月延期になったらしい。「もし良かったらいかがですか?」と営業するEさん。

「しかし、あれですね。私の卒業証明書はDiplomaとして認められないんですよねえ?」
と尋ねると、本部で審査してみますということであった。
サルバドールのFGVに関しては自分の中で既に完全に成仏していたので、
無論、丁重にお断りさせて頂いた。

一方の、レシーフェFGVからは何の連絡も来ないので、しびれを切らせてしまい、
こちらから電話してみることにした。

電話口に出たJさんは感じの良い人で、
コース内容について事細かに説明してくれた。
「上司にも説明したいので、メールで資料送ってもらえますか?」とお願いすると、
Jさんは「ええ、もちろんですとも。直ぐにおくりますからね」と快諾してくれた。

しかし、それから数日が経過したが、資料は送られてこなかった…。
そういう無責任なことはここでは良く起こるので、あまり気にせず、もう一度電話してみた。

「ああ、そうでしたね、資料でしたね。ええ、もちろん、直ぐに送りますよ。ええっと、メールアドレス教えてもらってもいいですか?」とJさんは言ってきた。
勿論、メールアドレスは前回確かに伝えているのだけど、
何度も同じことを聞かれることにももう慣れている。

それから数日が経過したが、資料は送られてこなかった。

そこで、私は一つの結論に至った。



「こんな学校、駄目だ…。」


こうして、しばらくの間、またMBAコースのことを忘れる日々が続いた。

(つづく)
プロフィール

shingo

Author:shingo
ブラジル、ペルナンブッコ州在住、
三十路男のブログです。

人気ページランキング
カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。