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レシフェにできた新しい家族

深夜2時、私はレシフェの空港で荷物が出てくるのを待っていた。
3週間のペルー・ボリビア旅行からブラジルに戻ってきて、
眠たい目を擦っていると、隣のおばさんが声を掛けてきた。
話好きのおばさんで、色々と気さくに話しかけてくれるのだが、
今にも倒れそうなくらい眠かったので、彼女の話に相槌を打つくらいしかできなかった。

朦朧とした意識の中で、渡した私の名前のメモをきっかけに、
フェイスブックで知り合いになり、その後、何回かメールを交換するようになった。
レシフェに来たときはいつでも声かけてくださいといってくれていた。
レシフェには月2回のペースで出張していたので、
おばさんと知り合いになってから2ヵ月たったある週末、
彼女の家を訪問してみることにした。

その日は、午後5時までMBAの授業があり、授業が終わった後に、
おばさんが居るというオリンダの娘さんの家に行くことになった。
オリンダへはレシフェから車で30分強かかるのだが、学友のフラビオは
親切にも車でオリンダまで送ってくれた。

待ち合わせ場所のガソリンスタンドでは、おばさんが私の到着を待っていてくれた。
ブラジル風にアブラッソ(抱擁)と頬にベイジョ(キス)で歓迎してくれた。

案内されるままに、アパートに入ると、そこには白髪のご老人、2人の女性、
赤ん坊が居た。

白髪のご老人は、ニュージーランド人で、
おばさんから「こちらは娘の旦那です」と紹介された。
娘の旦那と言っても、そのご老人は一見すると70歳前後で
明らかにおばさんよりも年上に見える。

20代前半に見える女性はおばさんの孫で、その孫が抱えているのは、おばさんの曾孫
だということ。おばさんは50代後半くらいに見えるので、曾孫が居ると言われて、
なんだか、だまされているような気にすらなる。

おばさんもご老人も、とにかく話が好きな人で、こちらは相槌を打つばかりであった。
ご老人はブエノスアイレスに住んでいた期間が長いらしく、
スペイン語なまりのポルトガル語は意味がとりにくい。

壁には孫がクレヨンで書いてくれたという日の丸の絵や、
「シンゴ、ようこそブラジル、レシフェへ」というメッセージが張られていた。

おばさんは、興奮して、孫や娘に電話をかけ、私と話すように
電話を回してくるのだが、まだよく知らないおばさんの、そのまた孫や娘と
何を話していいのかなんてわかるはずもなく。「やあ、こんにちは」ぐらいしか
言えないのだが、それでもおばさんは大満足のようであった。

その日は、夜10時の飛行機に乗る予定だったので、
1時間半ほどで暇を告げると、「今日はウチに泊まっていくんだと思ったわ」
とおばさんの娘が当然のように言う。

何処の馬の骨とも知らぬ外国人を、知り合ったその日に自宅に泊めるというのは
日本ではあまり有り得ないと思うけど、ブラジルでは、しばしば起こる。

その日は夕食をごちそうになっただけでなく、
おみやげにチョコレートケーキとバラの花をもらってしまった。
私に親切にした所で、何の得にもならないだろうに、
なぜ、このおばさん一家はここまで親切にしてくれるのだろうかと思ってしまう。
おばさんは、ひたすらに日本人の礼儀正しさや秩序だったところを褒めちぎっていたので、
おそらく、日本人の私と交流を持つこと自体が、彼女にとって意義があること
なんだろうと推測する。

おばさんは、「私たちのことをレシフェの家族だと思ってください」と言ってくれた。
この家族とどのような関係が築けるのか不明だが、今後の展開が楽しみである。
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プロフィール

shingo

Author:shingo
ブラジル、ペルナンブッコ州在住、
三十路男のブログです。

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