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【六日目:移動】クスコからプーノへバスで移動

本日は、クスコからチチカカ湖の町、プーノへ移動する。


普通のバスの他、いくつかの観光地を巡る観光バスがUS$45であったので、
これに申し込んだ。結論を言うと、この観光バスはかなり良かった。

バス会社はturismo merと言う会社(www.turismomer.com)
私は、クスコの旅行代理店で申し込んだ。

バスは、設備も新しく、暖房も効いているし、ドリンクサービスなどもある。
ツアーにはガイドと添乗員、運転手の3名が居て、
ツアーガイドは、英語とスペイン語で、各地の説明をしてくれる。


最初に訪れるのはアンダワイリーリャスという教会で、
「南米のシスティナ礼拝堂」と言われているらしい。
これは、ちょっとハードル上げすぎである。


その次に訪れるのが、ラクチーというビラコチャ神殿跡が残っている村。


ラクチーの土産屋台



アルパカにエサをやるおばちゃん


昼飯は本格的なペルー民謡を聞きながらのビュッフェ式


レストランの庭にいた客寄せアルパカ


ムエタイ武田幸三似のアルパカ







ララヤという標高4335mの村。雪山が見える。


プカラの博物館


プーノに到着。高台からの景色がステキだ。


プーノのアルマス広場


宿は、地球の歩き方にも載っている「モンテレイ」に決定。
決め手は、何と言ってもバスタブ。4ヵ月ぶりに湯船に入れました。
一泊75ソル
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【五日目:後半:クスコ】クスコの謎の商売、謎の飲み物、そして怪しい中央市場

クスコと言えば、観光客にとってはアルマス広場である。
そこだけ切り取ったなら、ヨーロッパのどこかの町と引けを取らない素晴らしさである。
しかし、一歩路地裏を入れば、そこにはペルー人達の日常を見ることができるのである。
クスコの町では、道端でミニ商売をしている人が居るのだが、
中でも秀逸なのが、体重測り屋である。この商売、インドでも見たことがあるのだが、
まさか、遠いペルーでも見かけられるとは思っても居なかった。
さっそく、測ってみたところ、何のことは無い、65kgと出た。
少年は、「セッセンタ・イ・シンコだよ!」と教えてくれる。見りゃわかるわい。
1回の測定は、30セント(約10円)である。


こんな商売成り立つのかしらと、遠巻きにして観察していたら、
道行く男性が体重を測って行った。ペルーでは一般家庭に体重計がないということか。
ちなみに、隣にいるおばちゃんは、きな粉売りのおばちゃんで、
体重を測った時に、あやうく売りつけられそうになったが、旅行中に絶対消費しない
自信があったので、お断りさせて頂いた。




チチャ売りおばさん

これは、トウモロコシを発酵させた飲み物で、
甘酒のようなホンノリ甘い味であった。一杯70セント(約25円)


コンブチャ売りおばさん

コンブチャとは、昆布茶ではなくお茶に紅茶キノコなるものを入れて
発酵させたものであるという。
シアトルに行った時にもコンブチャがずらりとスーパーに並んでいたが、
ペルーでも飲まれているとは。一杯50セント(約20円)
味は、キノコ的な香りとほのかな甘みがあり、結構イケる。
健康飲料ならば、飲んでもいいぞ!コンブチャ。



中央市場


クスコの中央市場は、民芸品、野菜、肉、調味料、パン、食事コーナーなど
あって、一見の価値ありである。
区割りがイマイチであり、肉コーナーで豚ちゃんの頭がごろごろ転がって
ハエがブンブン飛んでいる横で、みやげものを売っていたりする。

市場では、親子で働いている人が多いからか、子供も市場内で沢山見かける。
親子が頭の虱取りをしている光景も見られほほえましい。

市場の中では、段ボール箱で熱心に遊ぶ子供がいた、


ジュース屋のおばちゃんとかくれんぼする子供


鶏肉ラーメン5ソル





インカ博物館
カテドラルの横にあるインカ博物館には、昔のマチュピチュの写真が展示されている。
興味深いのは、現在のマチュピチュのように美しく整備されておらず、
全体的に壁が崩れている点である。
マチュピチュに行った後に、この写真を見ると、実物と比較ができて楽しい。
入り口では、インカの恰好をした笛吹きと記念撮影もできる。
ペルー音楽のCDを1枚15ソルで売られたのだが、あんまり要らなかったので、
5ソルなら買うよと言うと、割にあっさり妥協してくれた。
その後、記念撮影もしてくれたし、なんかいい奴だったので、10ソルくらいに
しとけばよかったかなと思わないでもない。

即席インカ皇帝

【五日目:前半:クスコ】マチュピチュから電車でクスコへ

マチュピチュ村を8:30に出発するインカレイルに乗った。
列車は1時間半かけて谷を縫うようにして進み、
オリャンタイタンボ駅に到着する。
インカレイルは、よせばいいのに、2シートを向い合せにしたスタイルで、
赤の他人と相対で、膝を突き合わせて座らなければならず、若干居心地が悪い。



折角の電車旅なので、世界の車窓を眺めながら旅情を
楽しみたいと思い、クスコでチケットを購入した際に特に「窓際」を指定していた。
しかし、実際に乗車してみると、私の席に女性が先に座っているではないか。
「席、間違えていないですか?」と問いただそうという思いが
頭をよぎらないではなかったが、そんな小さなことで軋轢を生じるのは、
大人げないと思い、その女性の隣の通路側に腰かけた。
こういう席番号を無視する輩は巷にあふれており、
そういう方には、まずは、小学校から入りなおして頂きたいと常々思うのである。
しかし、進行方向の左側の席は、あまり景色が見えず、右側の車窓の方が
良かったため、通路側で結局は良かった。

さて、停車駅のオリャンタイタンボには、小さな遺跡がある他、
宿泊施設やレストランなどの旅行者に必要なものがそろっている。
私は、クスコに帰る前にオリャンタイタンボの遺跡を見学して行こうと
思ったのであるが、オリャンタイタンボ遺跡単独での入場券は無いらしく、
周遊チケットを買うと70ソルもするのだ。
バラ売りも検討したほうが、もっと観光も活性化するのではないかと
思うのだが、仕方がない。入り口だけ見て引き返すことにした。

オリャンタイタンボ遺跡


オリャンタイタンボの焼き鳥屋台


オリャンタイタンボからクスコまでは、コレクティーボと呼ばれる乗合バスで
1時間半程度で行けるのだが、オリャンタイタンボにはこの乗り合いバスが
供給過剰となっており、簡単につかまえることができる。

遺跡観光をあきらめ、トボトボ歩いていると、コレクティーボの運ちゃんが
クスコクスコ!と叫んでくる。見ると、バスは10人くらいのペルー人の男性で
すし詰め状態であったので、「ノー・グラシャス」と断り、別のバスを探そうとしたが、
バスの運ちゃんが道のど真ん中でバスを止めて、道に降りてきて、
「あと1名分席が空いているんでさあ、10ソル(約360円)でいいから、
のってくんなせえ」と哀願してきた。
安かったので、承諾すると、ペルー人男性ばかりの間にスペースを作り、
パズルのようにはめ込まれた。おかげで、クスコまでの道のりは
ペルー人の賑やかな雰囲気に溶け込んで楽しく移動することができた。
しかし、マチュピチュ⇒オリャンタイタンボ間の鉄道が約5,000円かかったのに、
オリャンタイタンボ⇒クスコ間のバスが約360円とは凄まじい差である。
ちなみに、距離は後者の方が10キロほど長い。

【四日目:マチュピチュ】雨季(2月)のマチュピチュも素敵だ

朝6時にホテルを出て、マチュピチュ行きのバスに乗る。
あいにくの雨である。
雨の日に登山なんぞしても楽しくないのだが、
ワイナピチュ登山のチケットは事前に時間帯を指定された
チケットを買わなければならないので、
天候次第で選ぶことができない。
バスの半分くらいは日本人であった。
こんなに沢山の日本人を見るのは久しぶりだ。
そういえば、今時は、学生の卒業旅行シーズンであった。

私は7時発のチケットを買っていたので、
マチュピチュに到着すると、遺跡を横目に見ながら
直ぐにワイナピチュ登山口まで向かう。
すでに何十人かの客が集まっていた。
パスポートで入山登録をして、ズンズン進むと
突然、分岐点が出現。
看板には、BIG orSMALLと書いてある。



ビッグorスモール?と訊かれたら
ビッグと答えてしまうのが男のサガであり、
チキンorベジタブル?だったら、迷わずチキンだ。
そういうわけで、チキンならぬビッグを選んだわたしであったが、
何の事はない、後になって見れば、ほぼ全ての人がビッグを選んだようである。

舌切り雀の話では小さいツヅラの方が
良かったような気もしたが、ここはペルーだ、ビッグに行こうと
取り止めもないことを考えつつ前進する。



7時発のチケットの良いところは、前に人が居ないから、
ズンズン進めるということである。
雨は降り止む気配がなく、周りには霧しか見えない。
山頂近くに到達した時、切り立った崖の方角に向かって、
矢印が出されていた。
こんなとこ登れっかと、思いながらも
試しにかぶりついて見たが、足場もなく登れそうにない。
途中で諦めて降りるところを他の登山者に
哀れっぽい目で見られてしまった。
コラコラ、見世物じゃねえぞ。

こんな場所、登れたとしても降りるのは非常に危険だ。
こんなスリル溢れる観光地なんてあるかと、ムムムと唸っていると
矢印の方角に小さな洞窟を発見した。おおっ何だあれは。
この洞窟は、身体をよじって登らなければ通れないくらい
狭い洞窟で、気分は正にインディアナ・ジョーンズである。



洞窟を抜けた先には、ひと気がなく、
もしや私は一番乗りこちゃんなのではないかと
ドキドキしたが、頂上には既に四人位の登山者が
到着していたのだ。
降りる時になって分かったのだが、
インディアナジョーンズをしなくても簡単に来れるルートがあり、
無駄に身体をよじってしまったようだ。

で、気になる頂上からの風景はこんな感じであった。


まあ、無駄に体力消耗して霧を見に行った感じですな。
でも、たまに霧が晴れて顔を出す遺跡が神秘的で雨の日のマチュピチュも悪くはない。



ビッグなワイナピチュを下山し、再び先ほどの
Big or Smallの看板の分岐点に戻ってきた。

時間もあるので、スモールの方も行ってみようと思い、
スモール道を前に進むと、途中、綱を掴みながら登る激しい登りもあったが、
ビッグに比べると簡単に頂上に着いた。



そして、この頃になると、雨がやみ、霧も晴れるタイミングがあった。
皆、ビッグだけ登って帰ってしまうのか、
スモールの方は、登っている間も頂上にも一人もおらず、
今度こそ、一番乗りこちゃんである。
マチュピチュの景色を独り占めできている感じで、
小さいモノには福があるというのを実感したのであった。
また、私一人しか居なかったため、そこでオシッコをした
という秘密は墓場まで持っていくつもりである。




ワイナピチュを下山して、いよいよマチュピチュ遺跡を
観光したのであるが、こちらの方は、特にハプニングもなく
平和に終わったので、写真を載せるのみに留めよう。
ワイナピチュ登山で疲れただけではないかという
ツッコミは一切受け付けておりません。








マチュピチュの写真はそれこそ来る前から何枚も
見ていたが、実際にこの目で観て、空気を肌で感じ、
匂いを嗅ぐとやはり感動するものである。

見張り小屋近くでリャマを発見し、写真を撮ろうとしたところ、
同じくリャマを撮影する大学生のY君と知り合いになり、
そのまま、インティプンクとインカの橋まで行ってきた。

何かいいことがあったのか?ほくそ笑むリャマ


インティプンクまでは30分くらい歩いたが、晴れていたこともあり、
遠くにマチュピチュの美しい街並みが見渡せた。
今だから言えるが、マチュピチュには、ワザワザ、ワイナピチュに
のぼらなくても、高台からの景色が良い場所はいくつかあるので
雨季はワイナピチュ登山を外すというのも一つであると思う。
特に、クスコから日帰りまたは一泊二日で来る
弾丸ツアーもあるときくが、ワイナピチュに登った足で
そのままクスコに帰るのは、何だか修行のようでもある。

インティプンクの後は、インカの橋というものを見に行った。
入り口で名前を登録してから入るのだが、
そこで、4歳位のキャップを被った少年が
私にハイタッチをして来た。
タッチなら幾らでもしたるぞと、
手を出すと、ハイタッチ坊やは飽きもせず、
何度もタッチしてくる。
しまいには、私の手をギュッと握り、すっかりアミーゴに
なってしまった。
やはり、純真な少年には私の隠されたセレブオーラが
伝わるようで、どうしてもタッチをしたくなったものであろう。
大人にはこのオーラが伝わらないのが残念というか、
まあ、初めからそんなものなかったという噂もないほどである。

名残を残しながらも、3時頃、私はマチュピチュを後にした
帰る頃になって、気持ちいいぐらいに晴れ渡り、悔しいのであるが、
最後に、晴れたマチュピチュを見れたので大満足であった。



本日はもはや何もすることがないので
カフェーを飲んだり、みやげ物屋を冷やかして
ノンビリした。
あるみやげ物屋で、アルパカの毛で編んだ
ロシア帽子らしきものがあり、珍しかったので、
ちょっと触ってみると、店主のオバちゃんが出てきて
頼みもしないのに、それを取ると、私に被せてきた。
鏡まで見せてくれた。
その様は、冗談以外の何物でもなかったが、
オバちゃんがは、グーグー!と精一杯の嘘をつく。
私が帽子への興味を失ったことを敏感に悟ると、
次から次へと、みやげ物を勧めてくるのだが、
どれもイマイチである。
おばちゃんは、最初こそ英語で頑張って喋っていたが、
興奮して喋ると全部スペイン語になった。

しまいには、笛のようなものを一生懸命演奏し出した。
それもかなりのビギナーである。
しかし、おばちゃんの頑張りに心を打たれた私は、
おばちゃんの唾液がベットリ染み込んだ笛を10ソル(350円)で購入したのであった。




夕飯は、ペルー式ラーメンのSopa Criolla


【ミニ情報】
雨季のマチュピチュ観光について
私がマチュピチュに行ったのは雨季の2月。
雨季と言っても、一日中雨が降り続ける訳ではなく、
1-3時間ほどすると降り止むようなので、雨季だからと言って
マチュピチュ観光を諦める必要はありません。
アップダウンが激しいので、傘よりもカッパがあった方が良いです。
クスコの街を歩いていると声をかけてくるおばちゃんから
あらかじめビニールのカッパを購入しておくと良いかも(300円くらい)

登山の際は汗をかくので、半袖シャツとタオルがあると良いです。
出来れば替えの半袖シャツもあると良いです。
特に、カッパを来て登山をすると中が蒸れます。

マチュピチュ内での食事は一応、禁止ということになっていますが、
普通にフルーツとかサンドイッチ食べている人がいて、
特に問題になっていなかったので、ゴミを持ち帰れば、
何か持ち込むのも、実際はアリかもしれません。

私の行った日の様子ですが、
午前中よりも、午後の方が圧倒的に空いていました。
おそらく、当日、マチュピチュ村で一泊せず、
クスコに帰る人が午前中に集中するからではないかと思います。

遺跡内は2時間もあれば大体回れる広さで、他に
インティプンク、インカの橋などのちょっと離れた場所まで行くと
もう2ー3時間くらいといったところでしょうか。

以上です。

【三日目:移動】マチュピチュへ車+徒歩で安く行く

マチュピチュを観光する場合、
いろんな場所でお金を搾取される、お金チャリチャリ・システムが
構築されており、気がついてみると、結構なお金を
ペルーに落としていたという結果になる。

まず、マチュピチュのふもとにあるマチュピチュ村へ行く列車が
往復US$120ほどで、入場料が150ソル(5,500円)、
マチュピチュまでのバスがUS$19ほど。
締めて2万円くらい掛かる計算となる。

最も高いのは列車での移動費だが、
この部分は、車で行くという方法で往復70ソル(2,500円)程度に抑えることも可能だ。
車の場合、10人程度の乗り合いバスでクスコから6時間ほど走り、
水力発電所(Hidro eletrica)から三時間ほど歩くことになる。

この三時間の歩きは結構、単調で疲れるため、
出来れば帰りは優雅に電車で帰りたいところである。

そこで私は、往路は車+徒歩で行き、帰りはインカレイルで
オリャンタイタンボの町まで行き、残りを乗り合いバスで帰ることにした。
オリャンタイタンボには、ちょっとした遺跡があるのだ。

クスコの標高(3,399m)と比べると、マチュピチュ(2,400m)は
標高も低いので、昨日までの高山病は完全に治った。

バスからはこんな景色が見られる。


崖すれすれの場所を走ることも。スリルのお好きな方には
是非、左側の席をおすすめしたい。


水力発電所(Hidro Eletrica)に到着。ここから、3時間弱歩く。


「マチュピチュ、こちらです。」


線路に沿ってあるくのだ。


ウルバンバ川に掛かる鉄橋


線路は、今でも電車が走っている




トンネルを抜けると、もうすぐマチュピチュ村


遠くに見えるのがマチュピチュ村。結構いい運動になる。

【二日目:クスコ】高山病、クスコ観光(カテドラル、キリスト像、サクサイワマン)

朝起きると、何だか頭がズキズキと痛む。
もしかすると、これが噂の高山病の症状であろうか。
十年前、インド北部の5000m級の場所で
高山病、何するものぞと、試みに激しくランニングしたところ、
翌日、激しく高山病に掛かり、激しく後悔した記憶がある。
今回は、自然の摂理に逆らわず、大人しくしていようと
務めたのであるが、そんな努力も虚しく、高山病は突然やってきた。

午前中は、民芸品市場などを冷やかし、
たいして欲しくもない、あやしい置物などを買った。
売り子の女の子がちょっとかわいかったというのは、
意思決定には90%くらいしか関係していないのを一応断っておく。




高山病の症状を緩和するという薬(Acetozolomide含有)を購入し、服用する。


昼頃になると、高山病の症状は悪化し、
頭が締め付けられるように痛いし、なんだか寒気までする。

昼めしを食べた後、観光している元気もなかったので、
ホテルに戻って寝ることにした。

一時間ほど寝たが、風邪のピークの時のような状態で、
ベッドから出る元気がでない。

しかし、ギチギチにスケジュールを詰め込んでいるため、
今日を逃すと、もうクスコ観光の時間がないかもしれないという
サラリーマン有給旅行であるので、ここは、ベッドから這ってでも、
観光してやろうと決意し、とりあえず外に出た。

私は幾つかの観光施設をお得に巡れる周遊チケットを買っていたが、
まだカテドラルに行っていなかったので、ズキズキする頭を抱えながら
カテドラルに向かった。



カトリック教会って大体同じような造りだから
そんなに期待していなかったのだが、足を踏み入れてみると、
予想に反して中はステキであった。

巨大な教会内には惜しげも無く豪華な装飾が施されており、
マッチよろしく、ギンギラギンである。
しかも、全然さりげなさもなくて、超ゴージャスである。
特に木彫りの祭壇は細かい部分までこだわっており、
ウットリするほどだ。
さすが、完成するまでに100年かかっただけのことはある。
ベッドから這い出してきた甲斐があったというものだ。

カテドラルを出た後、何を血迷ったのか、私は丘の上に見えるキリスト像を
見てみたくなって、坂道を登りだした。
遠くにあるように見えて、意外と近くにあるのではないかと甘めに見積もったのであるが、
意外な結果にはならず、実際、遠かった。

一歩進める度に、頭が痛む…。
「これ以上高いところは無理だわ、あたし!」
と体が悲鳴をあげているようだ。
なんだか、吐き気がしてきた…。


登るうちに、クスコの全景が見えてくる。


しかし、これぐらいでくじけては、ボリビアで6000m級の登山なんぞできんぞ
と励ましつつ、フラフラになりながら、一歩一歩足を進める。
なんだか、吐き気だけではなく、ウンコまでしたくなってきた。
根性で登ろうとする私に、身体は精一杯の抵抗をしているようだ。

肛門をギュッと締めつつ、ついに到着したと思ったのは、キリスト像ではなく、
サクサイワマンというヒーロー的な名前の要塞跡であった。
サクサイワマンは、マンコ・インカがスペイン人に抵抗し、
立てこもった場所であるという。
ちなみに、キリスト像は、サクサイワマンの隣の道をちょっと
登ったところにあり、クスコの全景が美しい。


サクサイワマン


キリスト像


キリスト像の丘から見えるクスコの夕暮れ


帰り道、ペルー人の仲良し姉妹に写真を撮ってくれと頼まれた時、
ポルトガル風スペイン語で話をしたところ、こちらに興味を持ったようで、
一緒に下山することになった。
私の拙いポルトニョールにより、彼女たちの歳や、
彼氏がいないという余計な情報まで聞き出すことに成功した。
こういう出逢いは一人旅の醍醐味である。


ウルピちゃん(14歳)とチャスカちゃん(21歳)

夕飯は、昨日と同じレストランへ行き、
サラダとレモネードを注文したが、
口に入れたところ、身体がびっくりするほど受け付けず、ほとんど残してしまった。
やはり、高山病のところを無理してキリスト像のところまで登ったのが悪かったのかもしれない。
ホテルに戻り、8時半には床に就いた。
11時頃目が覚めて、おしっこしにいくと、
おもいがけず、リバースしてしまう。
昼間に食べたスープなどを全て便器にぶちまけてしまった。恐るべし高山病!
とはいえ、一旦、胃の中のものを出してしまうと
思いのほかスッキリし、翌朝起きると割に元気になっていた。

【一日目:後半】ロマンティックだ、愛、クスコ!

⇒前半はこちらから(新しいウィンドウで開きます)

リマでちょっとしたトラブルがあったものの、無事に昼ごろクスコに到着した。



リマと違って、標高が高い(3400m!)ので、空港を出た途端に
ひやっとした空気がキュッと毛穴をしめる。
荷物が出てくるのを待っていると、バーコードヘアーで、黒のチョッキを着た喪黒福造風の
あやしいおっさんが日本語で話しかけてきた。
こういう怪しいおっさんに会うは久しぶりなので、しばらく付き合っていると、
彼はタクシー及びホテルの客引きらしかった。

折角ですが、タクシーもホテルも予約しているので、お断りさせて頂きますと私は言うのだが
聞く耳がないのか、あそこのホテルは高くて悪いから駄目だ、
タクシーも、ホテルのは高いからうちのを使いなさいと言ってきた。

こういうことを言うやつに限って、ますます怪しさ100倍だ。
残念ながら、1ミリも信用ならんな!

ということで、笑顔に白い歯で親指を突き立てて「ノー、グラシャス!」
と言って爽やかに交わしたら、おっさんはあっさりしたもので、
しつこく攻めてくることはなかった。

クスコのアルマス広場



さて、ホテルに付いたのはもう午後1時であった。
さっそく、腹ごしらえをすべく、適当なレストランに入った。
記念すべき一皿目は、Brocheta Pollo(焼き鳥料理とレモネード)


食事中、一気に雲行きが怪しくなり、激しいスコール、雷に見舞われたが、
30分もすると、雨も上がってしまった。いま、ペルーは雨季なのだ。

クスコは観光で生計を立てている人が大勢いるため、街角の客引きもすごい。
待ちを歩いていると、女性群から、キーの高い声で「マッサー??」
と声を掛けられる。語尾は上げて発音される。

マッサー??とは、もちろん、マッサージのことであるが、
東南アジアよろしく、ここクスコでも「マッサー」の店が乱立しているようだ。
私が宿泊しているホテルの前にも、マッサー嬢が立っているのだが、
彼女なんぞは、今日だけで私に4回くらい「マッサー??」と言ってきた。
数を打てば当たると思ったら甘いぜよ。

最後の方は、顔見知りになって、
「マッサー??ウフフ」「ノー、グラシャス、エヘヘ」と言った雰囲気だ。
(念の為、断っておくと、ここでいうマッサーは、日本のおじさん達が好きな種類のものではない、と思う)


クスコは、インカ帝国時代に組まれた隙間のない石組で有名である。



私の宿泊先があるホテルのトリウンフォ通りにあるのだが、
「ほお、これが有名なインカの石組みか…、実際にみると、ほれぼれするワイ」
とウットリしていると、ヒトがウットリしている隙に付け込んで、ペルー人のおっさんが
「あんちゃん、それ、12角の石でっせ」と声を掛けてきた。
「ほう、そうですか」と私が関心を示した段階で、
おっさんの流れる舌づかいによる、おっさん勝手に観光ガイドが始まってしまった。
おっさんも、長年それで、おまんま食べている経験もあって、よどみなく話を続ける。

まあ、最後にお金を払えと言うパターンですね、というのは最初から見抜いていたけど、
おっさんの話も面白かったので、そのまま、説明してもらうことにした。
結局、おっさん勝手に観光ガイドは、ガイド料とポストカード2枚を合わせて、
30ソルだと言ってきた。
まだ、初日でソルの金銭感覚が身について居なかったので、
良く分からなかったのだが、まあ、とりあえず値切って25ソルにしたところ、
案の定、後でボラれていたことが分かった。
25ソルあれば、アルマス広場にあるレストランでの一食分である。


12角の石


ヘビとピューマの石組み。色でも塗らなきゃ分からないッス。


右のはインカの石組み、左はスペイン人の石組み
インカの石組みと比べると、スペイン人の方は、雑な組み方だ


下に2個突き出ているのは、持ち上げるときの取っ手として利用


全然隙間なし。いい仕事してますな~


これは、プレ・インカの石組み


14角の石



サン・ブラス教会


教会内の祭壇


教会2階からの眺め


教会の地下にある、謎のしかばね



今日は、日が暮れるまでにもう一軒ほど、観光できそうだったので、
宗教博物館に行くことにした。
地図を見て博物館の場所にいって、「これがそうかな?」と周遊チケットを見ながら
迷っていると、青いセーターを着た、いがぐり頭の少年が私の周遊チケットを
かっぱらって、「ココだよ!」と叫びながら、問答無用に博物館の中に入っていく。
「コレコレ、まだ、博物館に入ると言ったわけではないのに、よしたまえ。」
と思ったが、止める間もなく、いがぐり少年は妖精のような素早さでチケットカウンターに
入り、父親と思われる男にチケットを渡してしまった。
まあいっか、どうせ入る予定だったしと思って、
中に入ると、いがぐりが付いてきて「ピクチャー!!ここで撮るとイイゾ!」と
頼みもしないのにお勧めスポットを教えてくれた。
「あの……、入り口にデカデカと写真撮影禁止と書いてあったんですけど…。」
関係者が率先してルールを無視してどうすんねん。

宗教博物館




博物館を見終わって、出てくると、イガグリ少年は彼の露店に私を
導いて行ってポストカードを売りつけてきた。
まあ、1枚くらい買っても構わんよと、値段を聞くと2ソルであった。
私が、ポルトニョールを話し、また、ハポン(日本)から
来たと分かると、私にひらがなをかいちょくれとせがんできた。
「おおーよしよし、いいぞ、かいちゃるぞ」と言うと、
書くものを探し始めた。

書くものが見当たらなかったのか、商品のタバコの箱をビリビリ破ろうとし始めた。
不憫になったので私がメモ帳を取り出し、私の名前と彼の名前(サマール)
を書いてあげると満面の笑みで喜んでくれた。
リマ国際空港では、ブレンダ氏をはじめとする、擦れたペルー人に
ちょっと嫌な印象をもったけど、それを打ち消すほどの素敵な笑顔だったぞ、少年!


ところで、前述したマッサー嬢の件であるが、
ホテル前のマッサー嬢の横には、レストランのキャッチ嬢もたっている。
彼女は、マッサー嬢のマッサー攻撃にコンボでかぶせてくる。

嬢:「マッサー??」
私:「ノー、グラシャ…『嬢:レスタウランテ??』…スス」


レストラン嬢もマッサー嬢よろしく、同じ人が何度も声を掛けてきたのであるが、
ちょうど夕方ころ、寒くて手も凍える頃、夕食はどこにしようかなと
考えている時に、
「レストウ…『マッサー??』ランテ??(『』内はマッサー嬢のコンボ)」
と諦めずに勧誘してくる。

雰囲気は悪くなさそうだし、値段も余り高くないし、レストラン嬢はちょっとかわいいし、
むしろ最後が結構重要だったりして、なんだかんだで、そこで夕食を取ることにした。
数撃てば当たるものである。

レストランへ入ってみると、結構、洒落た造りで、
ウェイトレスはものすごく愛想が良かった。
私の酷いポルトニョールに嫌な顔一つせず、スペイン語で返してくれる。


夜のアルマス広場はロマンティックだ。





レスタウランテ


ちょっと、高山病気味であったので、コカ茶を飲む。


Chicha de morado(紫トウモロコシのジュース。上に浮くのはmanzana(りんご))
ブドウジュースに似た不思議な味わい


今日の〆は、Trucha Andina a Las Finas(マスの開き)

【一日目:前半】本当にあった、リマ国際空港の喜劇

今週から、いよいよ素敵なペルー・ボリビア旅行に旅立つことになった。
本当は、2週間の予定だったけど、カーニバル休暇などを強引にくっつけて
19日間のロング・ジャーニーにしてしまった。

日曜日の23:30にブラジルのレシフェを出発し、
サンパウロを朝3時半頃出発したLAN航空の便は、定刻通り、朝7時頃に
リマ国際空港に到着した。

今日の私のルート(待ち時間を除くと、飛行時間は8時間ほど)


リマ市内へは行かず、そのままクスコまで空路で行くLAN航空のチケットを購入している。
入国審査、税関を通って、直ぐにチェックインカウンターに行くと、
卒倒しそうなくらいの人がワサワサとしており、行列が3つほどもつれていたため、
もはや何処が行列の最後尾なのか、分からないほどである。

それは、まさに「カ・オ・ス」


そこで、LAN航空のカウンターから、遡って行列をたどり、
「これであっているのかな?」と不安に思いつつも行列に並んだ。
隣を見ると、日本人の団体ツアー客が安心しきった顔で、
アテンダントに全てを任せきっているのがちょっと憎らしい。
まあいいさ、おれのはツアーではなく、フリージャーニーなんだから。

やっと列らしくなってきた。


1時間ほど待っただろうか…。よし、あと10分くらいで自分の番だ。
と思っていると、「クスコ行のLA2027の方いらっしゃいますか~~?」との呼び出しが
職員から掛けられた。「おっ、俺のことだ」と思ったが、
他にもワサワサと人が出てきて、列を外れて行った。

私もつられて、列を離れそうになったけど、
ちょっと、待てよ、と思い直した。
行列の前の人が何人か抜けたことで、次の次くらいに呼ばれそうになった。

そこで、私はあえて行列を抜けず、引き続き順番を待つことにしたのだ。
案の定、列を抜けて行った人が多いため、そちらの臨時カウンターで、
また行列ができちょる。

自分の咄嗟の判断の正しさにほくそ笑みながら、
待っていると、思った通り、3分くらいで私の番が回ってきた。

私の担当者は、ブレンダという浅黒い肌のペルー女性であった。
ブレンダは、私のドキュメントを受け取り、パソコンにカタカタ入れ始めた。
すると、次第にブレンダの眉間にググッと皺が寄り始めた。


「ユーアー・レイト(チェックインが遅すぎます)」とため息交じりに言うブレンダ。
「は?」と意味が分からない私。
ちなみに出発時刻は9:35で、現在時刻は、8:50である。
私は、リマに7:00に到着してから、寄り道することなく数々の行列を
耐え抜き、漸くここまでたどり着いたのだ。

その前なんかは、レシフェから深夜便でお尻を痛めながら
こちとら来てるんじゃ!


「お疲れ様でした。」とねぎらいの言葉こそあってしかるべきと思うのだが、
そこは、大人な私である。
「今朝、サンパウロから到着してね、で、この行列でしょ。いや、まいったね。」

と大人の対応をするも、ブレンダの表情は緩むことなく、
むしろ「いまさら、何をノコノコ出てきてほざいてるのよ!このタコ」
という嘲笑を裏に秘めたような表情をされたのを、敏感な私は嗅ぎ取っていた。

ふと、彼女が首にかけているIDカードを見ると、物スゴイ笑顔である。
でも、私の前に居る実物の彼女は、無愛想の権化のようである。

ブレンダは、引き続きカタカタカタと何やらパソコンに向かって打ち込んでいる。
眉間の皺は深くなるばかりである。
おいおい、チェックインに、何をそんなに「カタカタ」する必要が
あるのかね、チミ、と不安に思いつつも貴重な時間は10分も過ぎていった。

まあ、「ユーアー・レイト」と冷たく言ってきたブレンダであるが、
雰囲気的には「残念だけど、諦めてチケット買いなおしてね♪チャオ」
という感じではなく、何とかしようという空気であったので、
大丈夫だろうと思いジリジリしながら待つ。

なにしろ、こちとらには非の打ちどころが小指の爪ほども見当たらないのだ。
結局、ブレンダはちゃんと、発券してくれた。
しかし、出発時刻は10:55であり、当初の9:35と異なる便であることが分かった。
カタカタやっていたのは、便を変更したせいであったのだ。

ブレンダのせいで10分失ったものの、
もともと国内便で45分前といったら、まだ間に合う時間内だと思うし、
私は、精一杯の努力をしてカウンターまでやってきたのであるし、
当然のように便を変更するのは、ちょっと待て、とブレンダには言っておきたかった。

そこで、大人の紳士の仮面を脱ぎ去って、
私はモンスター・クレイマーよろしく、ブレンダに抗議したのである。
「こちとら、お宅の飛行機でサンパウロからここまできて、
道草せずにカウンターに来たんじゃ。この行列見ろよ。わかるだろ。
ここに来たときは、45分あったから間に合わない時間ではなかったと思うガネ。
勝手に便を変えちゃうって、それ、どゆこと??」

それに対して、ブレンダは鉄の仮面で「それは、ユアー・フォルト(あなたのせい)、
あなたは、もっと早く来なければならなかったのよ」と
さもさも、早く失せろと言わんばかりの顔で言い放つのだ。
まあ、元々抗議したからと言って、何かが変わるとは毛ほども思っていなかった
のであるが、とりあえず、「なめんなよ」と言うことは伝えることはできた。
返り討ちにあったが…。

「お客様、申し訳ございません、なにぶん本日は込み合っておりまして、
代わりの便をご用意いたしましたので、こちらでご了承よろしくお願い致します」
とか言って、手を揉みしだいてもらいたいとまでは思わないが、
「ユアー・フォルト」と言ってくるとは、その発想の奇抜さ加減に
のけぞって舌を噛みそうになってしまう。

ガーガーと文句を書きつらねたが、ちょっと頭を冷やして考えてみると、
1時間半後のチケットがちゃんと手配されているのは、
喜ぶべきことではないか、1時間半くらいの誤差でごねるとは
器量が狭いのではないか、短期なんではないかと思い直した。
それに、こういう日本ではありえないトラブルがあるからこそ、旅は楽しいのだ。
そういう意味では、ありがとう、ブレンダ、頑張れ、ブレンダ、グッドラック、ブレンダ
という気持ちにすらなってきた。


…と、ここで話が終われば、私のキ○タマが小さかったという不本意な結論で
終わっていたのかもしれないが、そうではなかった。

新しいチケットをゲットし、早々に搭乗ゲートに入ってコーヒーをすすりながら
何気なく電光掲示板を眺めていると、私の乗るべきであった、9:35の便は
結局、1時間遅れて10:30頃の出発予定見込になっていたのだ。

搭乗ゲートを見ると、まだ搭乗待ちの客が行列を作っている。
余裕で間に合っているのだ。

呼び出しがあった時点で、ブレンダ女史のところへ行ってしまったことが
彼女の言うとおり、一番の「マイ・フォルト」であったかもしれない。

私、この便に乗る予定だったんですが、搭乗が間に合わないと言って
勝手に便を変えられたんですよ~、といいながら、
さり気なく便を乗り換えようかと、ふと頭をよぎったけど、
そういえば、荷物を預けてしまっているのでそれはムリだ。

この場を借りて、旅の始まりから、楽しい思い出をくれた
ブレンダ女史に感謝の辞を捧げたいと思います。

禁酒の次はアンチ・エイジングに挑戦!

【15日間シラフです。】
最近、禁酒を実行し、健康的な生活習慣を取り入れたためか、
肌質がズギューンと良くなり、夜は6時間程寝れば
目覚まし時計なしでガバチョッとおきられるようになった。
お酒が飲みたくなった時は、ガス入りミネラル・ウォーターで
かなり気がまぎれる。

【キーストーン・ハビットとは】
前回の記事で書いた、「習慣の力 The Power of Habit」という本のなかでは、
『キーストーン・ハビット』と言う概念が説明されている。
『キーストーン・ハビット』とは、一つの習慣を変えれば、
それが連鎖反応を起こして他の習慣も変えていくという考え方で、
「小さな成功」を収めると、また別の小さな成功を得ようとする力が
発動するということだ。

自分の場合、6088mの山への登山のための体力づくりとして、
・筋トレ、ランニングを週3回は必ず実施する
・ストレッチ、ヨガで柔軟な体作りをする

という習慣を取り入れてきたのだが、
それに合わせて、禁酒も始めたのは、この「小さな成功」に
味を占めた影響である。

今度はアンチ・エイジングに挑戦
最近、体調が良くなってきているのが実感できる。
こうなると、他にも悪い習慣を片っ端から改善していきたく存じますので、
今週末は、アンチ・エイジングについて勉強しました。
勉強したのはこの本。
老けない人はやめている
オーガスト・ハーゲスハイマー
講談社
売り上げランキング: 10,120

著者は栄養科学博士のオーガスト・ハーゲスハイマー氏。
名前や外見は外国人だが、福島県生まれの日本人である。


以下、主な内容を紹介します。
【若さを保つ秘訣とは?】
タンパク質の合成を促したり、新陳代謝を高める働きをする
成長ホルモンを活性化することが重要である

限られた成長ホルモンをできるだけ減らさない生活習慣を送ることが肝心

【成長ホルモンを減らす原因は、「糖質」】
糖質を摂取すると血糖値が上がる

インスリンが分泌される

インスリンは成長ホルモンの分泌を阻害する

【成長ホルモンが一番多く分泌されるのは夜寝ている間】
入眠後1-2時間が成長ホルモン分泌のピーク

寝る前に糖質を取りすぎて、体内にインスリンがあふれていると成長ホルモンが出ない

【酸性の食品を避けた方が良い理由】
酸性の食品ばかり食べる

血液中のphバランスを保とうとする

体がアルカリ性である骨のカルシウムを消費する

骨がもろくなる

体の酸化が進む

酸のダメージから身を守るため内臓に脂肪がつく

【オーガスト氏の提案(一部)】
・アルカリ性食品である生の野菜、生の肉、魚を積極的に摂取する。
・糖質である、ごはんやパスタを食べる量を減らす
・間食には、抗酸化成分のビタミンEを多く含むナッツをとる。
・サラダにはアルカリ性のエクストラバージンオリーブオイルをたっぷりかける。

【その他】
・筋トレは成長ホルモンの分泌を促すので、定期的な筋トレが良し
・パンは栄養がほぼ失われているうえ、炭水化物、砂糖という糖質のカタマリである。
・食前、食事中、食後に水分をたくさん飲むのは胃酸を薄め、消化を弱めるのでNG
・大豆には栄養素の吸収を妨げる成分が含まれているので、豆乳は飲まない方が良い(発酵させた味噌、納豆には残らない。)

薄くて、読みやすい本なので、アンチ・エイジングに興味のある方には
オススメの本です。

砂糖の害に関しては、大分前にブログで書いたけど、
サトウキビの一大生産地、ブラジルでは、それこそ砂糖をドバドバ入れるので、
知らず知らずのうちに摂取量が増えてしまっていたように思う。
この機会に、心を新たにし、糖質を減らすようにしていこう。

【関連記事】
白い毒、砂糖の害
砂糖依存症と習慣について
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shingo

Author:shingo
ブラジル、ペルナンブッコ州在住、
三十路男のブログです。

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